麻生首相の高級バーめぐりについて

いつの時代でも、庶民は金持ちにあこがれる一方で、金持ちの浮世離れした生活ぶりを嫌悪する。

嫌悪の対象が政治家になると事は厄介だ。自分の稼いだ金で豪遊するならまだしも(というかそれならば批判される筋合いはない)、国民から預かった税金で生計を立てる身でありながら、国民の大多数が手の届かない起臥をなぜだか謳歌できるというこの矛盾した構造。

わが国ではどうした訳か政治家は清貧に甘んじるべきであるという思想がある。これが前記の傾向に拍車をかけているのだが、時節が不況の入り口とあっては国民も黙っていまい。


報道によると、麻生首相は相当の頻度で都内の高級ホテルのバーをはしごしているという。

別に構わないんじゃないかとぼくは思っていた。むしろ政治家の真価はあくまで業績(結果)を以って評価されるべきであり、小市民的な価値観を持ち出し、姑息で安易な批判を繰り広げるべきではないとすら感じていた。

ところが、である。産経新聞のウェブサイトで実に興味深い記事を発見した。産経新聞はもとより報道におけるネットの活用に大変熱心であり、新聞記事をそのままサイトに転載しているだけのような他の全国紙とは、そのクオリティにおいて明らかな一線を画している。

それはともかくとして、件の記事である。あまりに面白いので、少し長いのだが全文を転載する。URL→http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081024/plc0810242122019-n1.htm

「ホテルのバーは安全で安い」。高級ホテルのバー通いを批判され、こう反論した麻生太郎首相。24日の閣僚の資産公開では、計4億5547万円を保有するセレブぶりが明らかになったが、解散風が吹く中、首相の言葉は庶民の心をつかむことができるのか。自宅で缶ビールを飲むのが日課のI(39)と、下町で飲むホッピーをこよなく愛するA(36)の2記者がホテルのバーを飲み歩いた。「安全で安い」は本当か−。

■漂う重厚感

1軒目は帝国ホテルの17階にあるバー「インペリアルラウンジアクア」だ。首相が東京・新宿のスーパーを訪れ、庶民の暮らしぶりを視察後に行った店だ。

国会の赤絨毯ほどではないにしてもふかふかの絨毯が敷き詰められ心地よい。フロアは2つに分かれていた。入り口近くに広がるピアノとギターの生演奏が聴けるフロアと、重たそうなドアの奥にある静かなフロアの2つだ。記者らは奥のフロアに通された。

窓の外からは眼下に日比谷公園、少し先には東京タワーが望めて心を癒してくれる。

Iはビール(1155円)をAはカクテル(1680円)を注文。下町の居酒屋ならビールは2〜3杯飲める値段だ。だが、居酒屋にはまず出てこないコースターは真っ白い厚手のハンカチだった。

つまみのメニューに目を剥いた。

最も高い「キャビアの氷飾り25グラム」はナント1万8900円。記者らは仕方なく1番安かったカマンベールチーズ(1260円)を注文した。

別の席には胸に弁護士バッジが光る紳士がグラスを傾けていた。席と席の間が離れているので、密談にはもってこいかもしれない。

■7000円の個室

続いて訪れたのは国会議事堂にも近いホテルニューオータニの「カトーズダイニング&バー」。和をデザインに取り入れ、優雅で落ち着いた雰囲気のダイニングバーが売りとあって、入り口に花が飾られ洗練された店舗の造りは背伸びをしたデートには最適か。客層も若い世代が目立つ。

ボトルワインは6000円から。記念日に訪れる頻度であれば来ることも可能か。

ただ、居酒屋の定番メニューの「もずく酢」が1000円、「若鶏の唐揚げ」は1900円、デザートの「わらび餅」が1000円は、とても毎日通える値段ではない。「煎り銀杏」も1600円で、何粒入っているのか気になって仕方がないが、とても注文できなかった。

「(麻生首相は)ご利用される際には警備上、個室を利用されます」(女性従業員)

聞けば個室は利用料が2時間7000円だという。確かに安全かもしれないがため息が漏れた。

■つまみはカキピー

3軒目はホテルオークラのバー「ハイランダー」。ホテルの1階にあるため、窓の外には隣のオフィスビルしか見えない。

カウンターのほかテーブル席が約20席と、かなり小振りだ。VIP用の個室も見たところない。外国人客も立ち飲みしながら会話するなど外国の「パブ」のムードも漂う。

値段も前の2軒に比べリーズナブルだ。

ビールは1050円。最も高いキャビアは18グラムで7350円だ。「インペリアルラウンジアクア」とはわずか7グラムの違いで1万円以上の差がある。

最も安いつまみも、ドライフルーツとオリーブ盛り合わせが840円と、IやAのようなサラリーマンでも手が届く値段だ。

ビールとカクテルを注文して驚いた。お通しとして出されたのは「カキピー」だった。

「(麻生首相は)よくご贔屓にしていただいております」と男性従業員。首相もカキピーを食べたのだろうか。

紫煙の先には…

最後に訪れたのは東京全日空ホテルの36階「マンハッタンラウンジ」。グランドピアノの演奏にあわせ女性歌手がビリージョエルの曲を歌う。ムードは満点だ。

バーで葉巻をくゆらせるという麻生首相。メニューにも葉巻があった。

「首相になってから回数は減りましたが、外相時代にはよくご利用いただいておりました」(男性従業員)

首相がよく注文すると教わった葉巻「ホヨードゥモントレーペティロブスト」(1300円)を頼んでみた。メニューに「甘みとクリーミーさが特徴」と書かれていたが、よく分からなかった。

コニャックを愛飲するという首相だが、高級品の「レミーマルタン ルイ13世」はグラスで1万5960円。ボトルはなんと31万5000円だ。

眼下には解散含みで緊張が走っている国会議事堂がよく見える。紫煙の先に首相は何を思っているのか。

4軒を回り終え、帰宅の途につくと、IとAの2人はバーに傘を忘れたことに気づいた。ホテル巡りの際には止んでいたが、取材を終えると無情の雨が頭を叩きつけ、急に現実へと引き戻された。

1杯のビールよりも安いが、コンビニで1000円の傘を購入する羽目になり思わぬ出費がかさんだ。やはりホテルのバーはIとAにとって、うたかたの夢に過ぎないと実感した。

内容に度肝を抜かれた。なにせビールが1155円である。記事には書かれていないが、おそらく出てくるのは普通のビールなんだろう。金箔が浮かべてあったり、キャビアが沈んでいたりするわけじゃない。

日本には当然のごとく社会階層が存在するのだが、しかし階級社会ではないと思っていた。この認識は現在、若干の修正を迫られている。

ビールに1200円を出して屁とも思わない文化を保持する階級が、この国には明らかに存在している。その階級においては、1900円という唐揚げの値段設定が、ぼったくりではなく正当性を得ているのだ。ただ、産経の記者(は給料高いけど)でもがんばればその文化の恩恵(とは思えないが)に与れるように、階級間の流動性は極めて高い。つまり階級と階級の間に截然とした断絶があるわけではないのだ。緩やかな階級社会といったところか。

そんな冗談はよいとして、麻生首相である。率直に言えば、この値段は高い。べらぼうに高い。これをあくまで安いのさと平然と言いのける麻生首相に、生鮮食品の値段変動に一喜一憂し、ガソリンの価格変化にやきもきする庶民の生活感覚を求めることは叶わないだろう。

スーパーをただの1度訪れただけでは、食品価格の変動は理解できない。ましてや物価の上昇を憂慮する庶民の心中などにはとうてい考えは及ぶまい。毎日のようにスーパーへでかけてモノの価格を気にかけているからこそ分かるのだ。

1度の来訪でそれを解した気になっている、もしくは理解しようと努力している姿勢を見せられると首相が考えていたのなら、その事実のみでもはや庶民に非ずということがはっきりと示されてしまった。

ただし、やはり政治家は結果なのだ。それを見てから判断しても、決して遅きに失したということにはならない。庶民の生活感覚はたしかに持ち合わせていないのかもしれない。しかしだからといって、政治家としての能力までが乏しいかと問われれば、必ずしもそうとは言い切れないだろう。