地域ブランドより大切なもの
日経リサーチがこのほどまとめた「2008年地域ブランド力調査」で、北関東3県(群馬・茨城・栃木)が都道府県別ランキングにおいてワースト3を独占するという快挙を成し遂げた。
各県の県庁はこの話題で持ちきりらしい。
ぼくは常々、都道府県の単位で地域ブランド力を磨こうとする取り組みの不毛さを訴えてきた。
そもそも「地域ブランド」とは、その地域の知名度やイメージのことを指す。
茨城はともかく、群馬や栃木には全国的に有名な観光スポットが少なくない。
ぱっと思いつくだけでも栃木には、那須塩原(都市ブランド力調査:全国第59位)や日光(同18位)といった場所があり、それらは十分に独自のブランドを活用して地域振興を行っている。つまりシティ・セールスがある程度成功している。
要するに、例えば栃木県の知名度不足は、日光や那須塩原のイメージが栃木県全体のイメージと結びつかないと、そういうことだろう。言ってしまえば、それだけの問題である気もするのだ。
であるならば解決法は簡単。栃木県を日光県に改名すればいい。ブランド力が低いとされる栃木の名称を、知名度の高い日光と差し替えてしまうのである。はやりのOEMみたいなものだ。
こうすれば順位が一気に20は上がるだろう(だから何? って話なんだなこれが)。
東京ディズニーランドだって実際は千葉にあるのだし、そういう大規模な事例に限らず、ある企業の所在地が無名の町村にある場合、あえて近傍の有名都市の名を社名に冠してしまうというのは、よくある話だ。
別の例を出そう。京都へ旅行に出かけるとする。しかし京都府へ行こうと考えて京都へ出かける人はおるまい。実際はみんな、府だとか市だとかの行政単位に関係なく、観光スポットとしての京都へ赴くのである。
かりに京都府の名称が今と別物であったなら、京都府の地域ブランド力は今ほど高くはないはずだ。
逆に県としての認知度はやたらと高いのに、しかしその県にはいったいいかなる名所、名産などが存在するのかをまったく知らなければ、それは意味が無い。
県としての知名度だけが突出して高いのと、その県は無名でも、その中に著名な観光地や特産が存在しているのと、果たしてどちらが望ましい状態か。答えは明らかだろう。
言ってしまえば、那須にしても日光にしても、どうあがこうとそれは栃木県の中にあるのだから、それらの都市が知名度やイメージを上げていくことは、それすなわち栃木県の振興に寄与していると思うのだが、いかがだろうか。
地域ブランドの効能として、その地域への誇りを持たせるとか、活力を与えるだとか、そういうものが挙げられる。地域に誇れるものがもしあるならば、外と同時に中へもっと発信していくべきだ。
地元の歴史や文化、経済、社会などについて、驚くほど無知な人が多すぎるように思う。このような状態では、地域ブランドが上記のような有効性を発揮することは無いだろう。
よその人に紹介したいほどのものを、どうして自分の周りの人には教えないんだろうか。
昨今は、地産池消を合言葉にこういった運動が展開されている。良いことだと思う。
自分たちが誇れないものを、よその他人に売り込めるはずが無い。ましてやそれを知らないのなら、なおさらである。
まあ、他人が評価しているのを知って、初めてその価値を知るというのは往々にしてあることだけど。
愛国心とか愛郷心とか、目に見えないものを愛させるよう仕向けるから、失敗するのだ。
地域に住む人々、彼らが作る産品、連綿と受け継がれる文化、守り続ける歴史、そういったより実体的なものにこそ、愛着って沸くものじゃないかと思う。
いや、違うか。漠然としていて捉え難いものにこそ、そういう対象へ捧げられる愛着こそが、かえって強固で継続的な形になるのか。
まあ、両方なんだろう。