死の話
目に留まったときはコガネムシか何かだと思ったが、それにしては身体が茶色い。
近づいてよくよく見てみれば、セミの幼虫であった。抜け殻ではなく、もぞもぞと動いている。
生きているものを見るのは、おそらくはじめてだと思う。いつもは木に張り付いた抜け殻だった。
セミのなきがらがちらほらと見られるような時分になってしまったが、どうやらこれから成虫にならんとする遅咲きのものもいるらしい。
地中で10数年も耐え抜き、やっと地上に出たと思ったら、7日足らずで死んでしまう。ぼくが目撃したセミの幼虫は、言わば死の直前の姿だったということになる。
まだ大人にもなっていないのに、もう死が間近。そう考えると、不思議な感覚になる。
先月の末ごろ、闘病中の曾祖母を見舞った。周りの話では、もう時間の問題ということらしい。
ならば後腐れの無いように、しっかり会っておこうと、訪れたのはそういう意図からだった。
しかし実際は、死に掛けの曾祖母を前にして一度も見舞いに行かなかったときの、周囲からくる非難をかわすため、という政治的な理由もあったとのことだ。
病室のベッドに横たわる曾祖母は、言葉を発しなかった。祖母が何回も話しかけたが、応答は無かった。
その様子を見ていた僕は、これがもうすぐ死ぬ人の姿なのかと、独り考え込む。そう思うと、これもやはり不思議だった。
この感覚がどこからどのようにしてやって来るのかはよく分からない。だけどおそらく大切な感じ方なんだと、なぜか思う。
病院を出ると、日は落ちて辺りは薄暗かった。昼と夜の間。夜ではないけれど、かといって昼間でもないこのほの明るい様子を、天文の用語で「薄明」と言うらしい。
- 作者: エリザベスキューブラー・ロス,Elisabeth K¨ubler‐Ross,鈴木晶
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