甲信紀行 番外編

前の日にほとんど眠らないまま長野へ行ったから、案の定、車内で断続的に睡眠をとってしまった。口をぱっかりとあけたバカ面を周囲に晒していたことだろう。

帰りの車内、寝ていたのでどこからだったのかは定かじゃないが、2人掛けのシートが向かい合ったボックス席の、ぼくが座る向かい側に、いつの間にか1人のおばあちゃんが腰を下ろしていた。

頭に白い手ぬぐいをまいて、使い古したリュックサックを肩に掛け、目に表情は無いのに口元だけは笑っていて、きれいに揃った歯が覗いていた。

ふと、リュックにしばってある黄ばんだ白地の布に目が行った。にじんだ赤の絵の具で何か字が書いてある。

憲法9条の改正反対」

ハイキングに行ってきたかのような出で立ちにこのセンセーションな布ビラは一見不釣合いだが、この格好でデモ行進をしている様子を想像すると、妙にマッチしていた。

どうやらこの護憲派おばあちゃんには連れがいたらしい。それも大勢。おまけにみんな高齢者。

様子から察するに、どこかで「運動」をしてきたその帰りなんだろうか。まったく、みかけだけではそこらの老人会で日帰り旅行に出かけた集団にしか見えない。

この人たちが9条の改憲を阻止してきたのだなあと思うと、大学に入って左旋回したぼくには感慨深かった。

しかし本人たちは、みんなで連れ立ってどこか旅行にでも行ってきたような感覚なんだろうか。

それとも本気で改憲を防ごうと躍起になっているのだろうか。


車内が空いていれば話を聞こうかとも思ったけれど、混んでいたので遠慮しておいた。