瞬間

「社会派バカ」の相手をするのは骨が折れる。



昨日の晩、ついさきほどのことだが、会社のエライ人と飲んだ帰り、地下鉄で自宅の最寄の駅まで行き、出口から地上へ出てすぐの出来事。

横断歩道で信号待ちをしていると、ごろごろと何かを転がすような音が聞こえてきた。

ふと音のするほうを振り向くと、よれた服で、ひげが延び放しの、腰を大きくかがめた老人が、毛布やらスーパーの袋やらを積み込み、えっちらおっちらと台車を押していたのだった。

時間はもう日が変わる頃。

その直後。横断歩道でかーっぺっ、とタンツバを車道にはきすてたえらそうなおっさんが、遠くのタクシーに向けて左手を高く上げて手招きし、そんな距離じゃタクシーのうんちゃん気づかないだろ、と案の定気づかなかったが、何度も手招きしてやっと来た。タクシーをああやって手招きするものなのか。

自分は老人が気になり、もといた方向を見やったが、すでに見失っていた。どこにいったのだろう。

金曜日。曜日柄、仕事帰りに一杯二杯とやった大勢のサラリーマンが、出来上がった雰囲気の千鳥足で街をまたぞろ徘徊するその横を、ただ下を見ながらひたすら台車を押すだけの老人が静かに通り過ぎていく。

今夜はどこで寝るのだろう。何か食事は摂ったのかな。そもそも、一体どこまで、いつまで台車を押し続けるのだろう。


そして彼は、夜の闇に消えた。