公衆浴場の入り方
学生寮といっても、普通のアパートと大差ない。
寮母さんがいるわけでもないし、食堂があるわけでもない。
ただ、いささか建物が古い。震度2の揺れは震度4になる。大きな地震が来たら、脆くも崩れ落ちてしまいそうだ。
部屋も少し違う。風呂もないし、ガスも無い。あるのはトイレとベッドと机だけ。
単身用個室にはトイレも無い。
だから風呂は、共用棟とやらにある公衆浴場を使うことになっている。
まあ、銭湯みたいなものだ。ご他聞に漏れず、こちらも年季が入っている。しかし、汚いと思ったことは無い。
ただ、自分の体を洗わずに浴槽に浸かる輩。文句無しに不潔だ。ここには疑問を差し挟む余地は無い。少しも無い。この世に数少ない真理だ。
彼ら自身にとってではなく、他多数の健全な入浴客にとって汚いことこの上ないのだ。
先日もそういった“汚客さん”に遭遇した。
彼とはほぼ同時に浴場に入った。こちらのほうが一足ほど、遅かったぐらいだろうか。
自分は目が弱いので、周りがぼやけて見える。もちろん普段かけている眼鏡を外しているからだが。
シャワーの前の風呂椅子に腰を下ろす。近くにたまたま彼がいた。入浴者としてはいっぷう変った袋を持っていたから、すぐに分かる。風呂おけや小さなバスケットではなく、ふくろ。
やおら立ち上がる。場所を変えるのかな、そう思った。シャワーの出がときどき鈍いことがあるから、不思議ではない。
しかし向かった先は違った。あろうことか湯船だった。
ぼくも立ち上がった。目が見えないのをいいことに、彼をしばらくきっとにらみつけた。おそらく、2つの視線は合致していただろう。
あちらの方はなんとなく、狼狽しているように見て取れた。やましいところがやはりあるのか。
しかしけっきょく、その汚い身体は大きな水の中に没した。
憤ったが、しかたない。風呂場でけんかするわけにもいかない。そもそも論として、自分のミニマムハートにはそんな勇気が残念ながら収納されていない。
ぼくもしばらくしてから湯船につかった。もちろん、身体はごしごし洗ったさ。
そうしたほうがずっと気持ちいいはずなのにね、きっと。